生成AI、翻訳アプリ…もう英語学習いらなくね?⇒否、それでも英語を学ぶべき

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【画像】AI翻訳

近年のIT技術の発達スピードは恐ろしいほど早く、生成AIや質の高い翻訳アプリの登場で通訳・翻訳の仕事がなくなるんじゃないかと思うほどです。実際、海外旅行くらいなら英語力ゼロでもスマホがあれば問題ないでしょう。

そうすると「これからは別に英語の勉強しなくてもいいのでは?」と考えるのは当然の成り行きです。しかし!それでも英語を学ぶ意味が失われることはありません。なぜなら言語とは単なる文字情報の交換ではなく、人と人とが信頼関係を構築するためのツールだからです。

言語とは異文化交流

例えば、いきなり街なかで外国人に話しかけられる状況を想像してみてください。「この近くでおすすめのラーメン屋を教えてください」と片言の日本語で話しかけられるのと、無言でスマホの翻訳された日本語を見せられるのでは印象が違います。頑張って日本語を話そうとする姿の方が「よっしゃ、力になってあげようか」という気になりますね。

「相手が理解している言語で話しかければ、それは相手の頭に届く。相手の母語で話しかければ、それは相手の心にまで届く。」これは南アフリカの元大統領、故ネルソン・マンデラ氏の言葉です。

どの程度話せるかは問題ではありません。たどたどしくても頑張って相手の言語を話そうとする姿勢そのものが「あなたとお話ししたいです。あなたと分かり合いたいです」という意思表示なのです。



「わたしは機械と話しているのではない!あなたと話しているんだ!」

ビジネス現場で重要なのは信頼関係です。これは日本でも海外でも共通した文化です。信頼関係を築き上げるのは、相手に敬意を払う、自分の意見を主張しながらも相手の意見も尊重する、約束を守る、などの積み重ねです。例えば、この過程の全てを翻訳ツールを使ってのコミュニケーションだとどうでしょうか。とてもお互いの距離が近くなるとは思えません。これでは上っ面だけな言葉のキャッチボールです。その人の口から、感情を伴う言葉が直接出てくるからこそ、理解がすすむのです。

とある日本の観光地でのエピソードを紹介します。

外国人観光客が飲食店を訪れ、メニューに関して店員に英語で質問を始めました。店員は業務用タブレットの翻訳ツールを使って対応。タブレット上に翻訳された質問に対し、返答をタブレットに入力して相手に見せる。このやりとりの間、店員はタブレットの文字ばかりを見ており、相手の顔には見向きもしません。段々とイライラしてきた外国人観光客は「わたしは機械と話しているのではない!あなたと話しているんだ!」と声を荒げました。英語ができない以上、店員の行動も理解できますが、客の立場からしたら感じ悪い対応ですよね。あまりに情が感じられない接客です。

こんな事例がちらほらと出てきているようです。人との出会いも旅行の醍醐味。最近ではオーバーツーリズムが社会問題になっていますが、誠意ある外国人に対しては日本人としては誠意をもっておもてなしをしたいものです。



情報だけではない、感情をも共有する

たとえば「安楽死を認めるべきか?」といった議論の時、重要なのは是か非かの絶対的な答えではありません。賛成派と反対派の双方の主張や想いを尊重しながら、お互いの歩み寄れる場所を探していくことに意味があります。これが苦手な英語で議論されるとしても、下手くそでも良いから自分の言葉で、一生懸命に心を込めて英語で主張することが大切です。こんな場で翻訳ツールを使ったら説得力も半減です。

内田舞さんという医師の方が、アメリカ人の学生と「日本への原爆投下」について会話をした時の話を紹介します。

アメリカ人学生の主張は、「アメリカがあのタイミングで原爆投下して、どれだけ破壊力があるかを世界中に知らしめられたことで、冷戦中の核兵器使用が防がれた。大体、日本は被害者なのか。そもそも戦争中っていろんな国がめちゃくちゃひどいことをしたわけだから、日本が、日本が、って核兵器についてばかり言うのはおかしいと思う」 といったものでした。

その場にいた日本人は内田氏だけという完全アウェイの状況でしたが、勇気を出して発言しました。
「たしかに日本国政府が当時、国際政治の中でのよくない判断があったことも間違いない。でも、それでも私は、日本から『Never Again(二度と繰り返さない)』というメッセージは発し続けなければならないと思う。 誰かの責任だということは簡単だけど、それだけが注目されるべき問題ではない。(中略) 原爆投下後のヒロシマやナガサキでどれだけの人がどのように亡くなったのか……。 投下とともに熱波で瞬間的に消えてしまった命、爆風にとばされた人、ガラスのかけらが体中に刺さった人、皮膚がとけ落ちてしまった人、ひどい火傷で川に飛び込んで亡くなった人、白血病で血を吐きながら亡くなった人、親を亡くした子どもたち……。もっともっと様々な生き様がそこにあり、その人々のストーリーなしには核兵器は語られるべきではない。それがNever Againに繋がると思う。」

また、「9.11とカミカゼ特攻隊を比べるのを嫌がる日本人がいるのもおかしい」という意見に対しては、若き特攻隊員達が家族や好きな人宛てに綴った手紙を紹介しました。「今更だけど読みたい本」の題名を綴った手紙、特攻への恐怖を綴った手紙、好きな子への想いを綴った手紙。写真を見るとまだあどけない10代の思春期の子どもの特攻隊員もいたことを伝えました。 それを聞いたアメリカ人達からは「単なる敵国のクレイジーな戦略だとしか教わってこなかったが、こんなに若い子たちだったなんて知らなかった……。こんな子どもの兵士が、心の中では怖いと思いながら飛んでいたなんて考えたこともなかった」「舞が話してくれなかったら一生知らなかったと思う」 といった反応が返ってきました。

日本人としての使命感のようなものを持ちながら勇気を出して発言した内田氏は、この時に様々な感情が溢れ、皆の前で泣いたそうです。詳しくは以下の出典をご覧ください。

※出典:「原爆投下は正当だった」アメリカ人学生の言葉に日本人精神科医が返した言葉

世の中には、何が正しくて何が間違っているなんて簡単に言えない事はたくさんあります。アメリカ人の立場からすれば、この学生の主張も決して間違ってはいません。しかし我々日本人からすると、やはり無条件に受け入れられる話ではありません。もしこれが翻訳ツールを使った文字情報の交換だけだったら、この内田氏とアメリカ人学生達とはそこまで分かり合えていなかったのではないでしょうか。



もし全てを超越したAIが登場したら

もし将来、そんな人間の繊細な心や感情すらも表現できるような超高性能AIが登場したなら、さすがに我々が英語を学ぶ意味はなくなるかもしれません。しかしそこまでテクノロジーが発達したならもはや言語だけの問題ではないでしょう。社会構造そのものが大きく変わり、英語どころか言語そのものの概念すら違うものになっていると考えられます。それまではまだ英語学習が必要な時代は続くでしょう。

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