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ガーディアン ハンニバル戦記-ローマ帝国の悪夢(字幕版)
紀元前218年。ヨーロッパ全土に勢力を持つローマは、地中海を拠点にする小国カルタゴを服従させようと使者を送るが、カルタゴの若き将軍ハンニバルはその申し出を拒否。生涯の敵としてローマに対し挙兵する。彼は、10万の兵と37頭の戦闘巨象を従え冬のアルプスに入る。しかし、雪と氷に閉ざされた悪魔の山に兵たちは次々と倒れ、ローマへ...
“We will either find a way, or make one.”
Hannibal
道は我々が見つけるか、作るかだ。
ハンニバル
【文法解説】
either A or B: AかBのどちらか
ハンニバル・バルカ(BC247年 – BC183年)
第2次ポエニ戦争を開始したカルタゴの将軍。
新しいことに挑戦するということは、誰も通ったことのない道を進むこと。それがどんな道か、どこに辿り着くか誰にもわかりません。そもそも道がないかもしれません。その時は自分で道を切り拓いていくしかありません。人生という道をどう歩むかは全て自分次第です。
ハンニバル将軍は、そんな「人生の道」などという抽象的な話ではなく、アルプス山脈越えという当時では(現代でも)考えられない、文字通り道を作る荒業をやってのけました。
ハンニバル率いるカルタゴ対ローマ軍との戦いともいえる第2次ポエニ戦争。当時のローマ帝国の領土はほぼ現在のイタリア半島でした。海に囲まれ、陸地続きの北側はアルプス山脈がそびえ立っています。ローマとしては海から攻められることはあっても、アルプス山脈を越えて北から攻め込まれるなんて夢にも思っていませんでした。しかしハンニバルは、厳しい行軍で多数の犠牲を出しながらも生き残った兵を引き連れ、北からローマに攻め込みます。あまりの想定外からの攻撃にローマ軍は大混乱に陥りました。
道は我々が見つけるか、作るかだ・・・現代ではビジネス書や自己啓発の書籍で決断や生き方の道として引用されることがある名言ですが、当の本人は物理的に道を作った人物でした。